クロサキ「えーっと、まずpandasで読み込み、次にdummy変数処理して……statsmodelsで重回帰モデルを回すと……」
(画面には見慣れない文字と大量の数値)
クロサキ「よし!モデル完成。p値と係数も出た……これは有意……!」
(そこへクロタネとクログチが入室)
クロタネ「おい、また始まってるぞ……。お前それ営業会議じゃなくて、研究発表じゃねぇか?」
クログチ「でも、相変わらず手は早いわね。仕事だけは」
クロサキ「ふっ……Pythonこそ最強の営業武器ですからね」
ルーシー「おはようございます。クロサキさん、素晴らしい準備ですね。でも、今回は“みんなで分析を理解する”のが目的ですから、Excelでもやってみませんか?」
クロサキ「Excel……ですか?」
ルーシー「はい。“データ分析ツールパック”を使えば、重回帰もできますよ。Pythonと違って、設定が視覚的なので再現しやすいんです」
クロタネ「それだそれ!なぁ、クロサキ、こっちでもやってみようぜ」
クロサキ「……わかりました。Excelでも同じ結果が出る……はずですし」
クログチ「“営業現場の再現性”ってやつよ。研究発表はおうちでどうぞ」
ルーシー「では改めて、Excelを使って重回帰分析をやってみましょう。“分析ツール”を有効にして、“回帰”を選びます」
クロタネ「分析ツールってどこにあるんだっけ?」
ルーシー「“データ”タブにあるんですが、初めての人は“ファイル”→“オプション”→“アドイン”から“分析ツール”を有効にする必要があります」
クロサキ「そうそう。“ツールパック”ってやつですね。チェック入れてOK押すと、“データ”タブに出てくるようになります」
ルーシー「今回はYに“受注率”、Xには“営業行動データ”を複数列入れます。ラベルを含める場合は“ラベル”にチェックを忘れずに。出力範囲も指定できますよ」
クロサキが操作して、出力表が表示される。
ルーシー「出てきましたね。ここから読み方を説明します」
クロタネ「うわ、数字だらけ……係数?p値?どこ見たらいいんだ?」
ルーシー「見るポイントは2つだけです。“係数”と“p値”。この2つがセットです」
クロサキ「係数っていうのは、その行動が“どれくらい成果に効いてるか”を表す数字。プラスなら“成果を押し上げる”方向、マイナスなら“下げる”方向ってことです」
ルーシー「そして“p値”は、“その結果がたまたまじゃないと言えるか”を示す信頼度の指標です。0.05以下なら“有意”と考えていいですね」
クロタネ「つまり……“係数が大きくて、p値が小さい”やつが、“効いてる行動”ってことか!」
ルーシー「その通りです。逆に、p値が大きい項目は、“たまたまそう見えてるだけかも”ということになります」
クログチ「数字が出ると強いわね。勘と感情じゃなく、事実が見える」
クロサキ「こちらが結果です。“初回提案スピード”は係数-0.08、p値は0.000000…ご覧の通り、有意です」
クログチ「つまり、“引合が出てから早く提案している案件”ほど、受注率が高かったってことね」
クログチ「“決裁者接触率”は……あら、思ったより関係ないわね。p値が0.89よ」
クロサキ「“訪問件数”は係数-0.0016、p値0.41。有意ではありません」
クロタネ「マジかよ……件数、全然効いてねえじゃん。今まで『訪問数こそ力!』って言ってたのに……」
ルーシー「これが“数字の力”です。思い込みではなく、実際に効いてる行動が見えてくるんです」
クログチ「数字は嘘つかない。現場がつい過信する『努力感』と、結果は意外とズレてるのよね」
クロサキ「でも、こうして見えるとチーム全体で納得できます。“がんばった風”と“効く行動”の区別が、ちゃんとつく」
クロタネ「……数字、クセになるな」
クロサキ「で……実はちょっと、追加の変数も入れて試してみました。“来場種別”と“継続提案回数”の組み合わせ変数です」
クロタネ「来場種別って……あの展示会で、招待か飛び入りかってやつか?今まではターゲットにしている大手にだけ招待していたよな」
クロサキ「そう。で、これがその結果。“飛び入り来場者 × 継続提案回数”の組合せ変数が、限界利益率に有意。しかも係数が大きい」
ルーシー「つまり、“中小の飛び入りバイヤー”に、継続して提案していたケースが、高い利益率を出していた、ということです」
(クログチがモニターを覗き込みながら)
クログチ「たしかに……しかも“納品品目数”も効いてる。多品種少量の納品の方が、利益率が安定して高いわ」
クロサキ「はい。“単品大量納品”より、“多品種少量”の方がモデルへの貢献度が高くて、p値も0.01を切ってます」
クロタネ「……おいおい。今まで大手狙いで単品ドカンと売るのが正義だと思ってたぞ?」
ルーシー「大手は確かにボリュームは大きいですが、単価交渉が厳しく、値引きも発生しやすい。しかも、自社製品ではなく、限界利益率が元から低い仕入商品での値引き合戦に巻き込まれていたのかもしれませんね。一方で、中小の来場バイヤーは“価値提案”に反応してくれる。限界利益率の高い自社製品を織り交ぜながらの提案ができるから利益率が高いという仮説が出せそうです。“誰に・何を・どう売るか”の組み合わせで、利益の質が変わっていた——まさにそういう発見ですね」
クロタネ「……ずっと“でかいとこ狙え”って言ってた。でも、数字でこう出ると……“俺たちの強みが活きる相手”が、ちゃんといたんだなって思うよ」
クロサキ「分析の精度も、変数を加えたら一気に上がりました。“ターゲットの再定義”って、数字的にも意味があるってことですね」
クログチ「“売上を追いかける営業”から、“利益を設計する営業”へ……変わるなら、今ね」
ホワイトボードに、クロサキがキーワードを書き出していく
モデルの中で"効いていた要素"
来場種別:飛び入り
顧客規模:中小
提案行動:継続フォロー
納品形態:多品種少量
クロサキ「モデルの中で特に効いていた要素を並べてみました。いくつかのモデルを試してみましたが利益率が高かったパターンは、ほとんどこの組み合わせです」
ルーシー「それが“私たちの戦場”なんですね。“利益が出やすく、自社の強みが活きる場所”」
(ルーシーがホワイトボードを指さしながら)
ルーシー「現時点のモデルの数値を使って利益率の予測を次のようなウォーターフォール図で表現できます」
クロタネ「おお、グラフで表現できるとわかりやすいな。何もしなかった場合はベース利益率に落ち着くが、”飛び入り参加してくれるような顧客に継続的に提案活動"し、更に"多くの品目を提案する"ことで限界利益率が高まる傾向にあるという勝ち筋がわかるな。」
クログチ「そして、その勝ち筋は、今までのKPIでは見えなかった」
クロサキ「ちなみに、多品種少量でも“クロスセル”を徹底すれば、十分な売上ボリュームになりますよ」
クログチ「組み合わせ販売を前提に設計すれば、“単品大量売り”と同等くらいの売上が取れるわけね。ロングテールで拾っていく感じ」
ルーシー「売上を“1商品×1顧客”で考えるのではなく、“提案ラインナップ全体”で見る発想ですね。これができれば、中小バイヤーでも十分戦えます」
クロタネ「なるほど……“多品種×提案力”って戦い方か。気に入った!」
クロタネ(ホワイトボードを見つめながら)
「……数字が、教えてくれたな。“俺たちをちゃんと評価してくれてた相手”がいたって」
クロタネふっと息をついて、笑みを浮かべた。
クロタネ「KPI、変えよう。“売上”の代わりに、“俺たちが活きる行動”を数値にしようぜ」
「KPIを決定する」
――“利益を生む行動”を、組織で共有するために
重回帰分析によって“効いている行動”と“効いていない思い込み”が明確になりました。特に今回のように「Grade × Offer × 行動」の掛け合わせが効いていた場合、従来の単一指標では見えなかった“勝ち筋”が見えてきます。ターゲット再定義は、営業戦略の再出発。数字は冷たくなく、“現場の価値”を見つけてくれる味方です。
とはいえ、モデルは過去データに最適化された”仮説”でしかありません。このストーリーではあえて単純化していますが"中小への販売が利益率が高い"だけで考えるのはあまりにも危険です。クロタネ達と一緒に精査していきましょう。
権守一城
中小企業診断士:経済産業大臣登録番号427888
中小企業の現場出身の中小企業診断士。
事業・経営・ITの3本足を持つヤタガラス人材チームを中小企業で創る支援を大切にしています。