クロタネ「固定費変動費の分解を説明してもらう前に紹介しとくよ。こっちは経理のクログチ。俺より社歴長くて、数字の鬼。……あと、けっこう辛口」
クログチ「紹介に毒が混じってない? まあ、いいわ。私は“財務会計”のプロだから。PLもBSも頭に入ってるし、税理士に質問されても即答できるレベルよ」
(……でも、正直“役に立ってる”感はないんだよな。と、クロタネは内心思っていた。現場の意思決定にこの人の数字が役立った覚えがない)
ルーシー「ふふ、はじめまして。ルーシーです。診断士として、今日はお二人に“利益構造”の見える化をお手伝いしますね」
クログチ「うちは数字で話せる人、ほんとに少ないから。助かるわ。……でも、ひとつだけ先に言っとくと、“管理会計”って言葉は正直ピンときてないの。固変分解ってやつも、実務ではやってないし」
ルーシー「大丈夫です。今日はその“管理会計”の考え方の一部を、具体的に体験していただこうと思ってます。“Cost-Volume-Profit”、日本語にすれば“損益分岐分析”ですね。利益がどうやって生まれるか、コストと売上の関係から読み解く手法です」
クロタネ「前に聞いた“固定費と変動費”ってやつが関係してるんですよね?」
ルーシー「はい。たとえば、どれくらい売れば利益が出るのか。あるいは、今の売上で利益を最大化するには何を変えるべきか。そういう問いに答えるのがCVP分析なんです」
クログチ「うちの製造原価、ざっくり分けると“仕入原価”“配送費”“製造部労務費”の3つよね。でも、それを“固定費と変動費”に分けるって発想はしてなかったわ」
ルーシーはホワイトボードに線を引いて、左右に「変動費」「固定費」と書き分けた。
ルーシー「“仕入原価”は売上に比例するから変動費。“製造部労務費”は、ある程度人を抱えて固定的にかかるから固定費寄り。“配送費”は自社便と外注が混在してますが、今回は外注分のみ変動費として扱いましょう。もちろん、この他にも販管費などいろいろな費用はありますが、まずは製造原価の部分に絞って考えていきましょう」
クロタネ「ふむふむ。……つまり、売上がゼロでも人件費はかかる。でも、仕入れも外注配送もしなければ、その分のコストは出ない、と」
ルーシー「その通り。じゃあ、例を出してみましょう」
ルーシーは数字の書かれたシートを机に配った。
ルーシーの例題:クルミ商品1kg袋の販売(外注配送の場合)
売価 :1,000円
仕入原価 :600円(変動費)
配送費 : 50円(変動費)
製造部労務費 :300,000円(月額・固定費)
ルーシー「この商品を何個売れば、利益が出るでしょう?」
クログチ「売上は1,000円。変動費は600+50で650円。1個売るごとに350円の利益が残る」
ルーシー「いいですね。その1個あたりの350円——それが“限界利益”です。商品を1つ売るごとに追加で得られる利益のことを、管理会計ではこう呼びます」
クロタネ「ってことは、固定費の30万円を埋めるには——」
クログチ「……300,000 ÷ 350で、約858個!」
ルーシー「はい、それが損益分岐点販売数量です。グラフに書いてみますね」
クロタネ「なるほど……今まで“売れたら勝ち”だと思ってたけど、これだと、売っても儲かってないラインがはっきりわかるな」
ルーシー「そうです。ルーシー「そうです。そして、クロタネさんにとって重要な点としては、この損益分岐点は売価や仕入原価、配送費といった要素に大きく影響を受けるということです。
損益分岐点は、簡単な計算で求めることができます。はじめに“限界利益”を売価で割った“限界利益率”を求めます。
限界利益÷1商品あたりの売価=限界利益率
今回でいえば、350÷1,000=0.35→35%ですね。
次に、固定費を限界利益率で割ります。
固定費÷限界利益率=損益分岐点売上高
今回でいえば、300,000÷35%=857,143円と計算できます。
数量で言えば858個ですね。
そして…クロタネさんにとって重要な点としては、この損益分岐点は売価や仕入原価、配送費といった要素に大きく影響を受けるということです。例えば10%値引すると損益分岐点数数量は1200個まで増えます。なんと1割値引きしただけなのに必要な販売数量は40%も増やす必要があるのです。
クロタネ「1,4倍…」
ルーシー「更にカバ物産では他の会社以上に限界利益率に着目すべき理由があります。自社製品と仕入商品が混在しているため、販売する品目によって限界利益率が大きく異なるのです。
限界利益率が高い商品ほど、値引きをしても利益が残りやすい構造になります。一方で、変動費の割合が高い商材、つまり限界利益率が低い商品は、値引きによって利益が加速度的に減少してしまいます。
たとえば、売上の80%が変動費に消える商品では、少しでも値引きすると限界利益がほとんど残らなくなってしまいます。
次のグラフを見ると35%の限界利益率の商品を定価から10%値引した場合と、20%の限界利益率の商品を定価から10%値引した場合の損益分岐点分析分析です。必要な販売数量の増加幅が更に大きくなっていることがわかります。なんと2倍です。
ルーシー「つまり、値引きによって損益分岐点がどれだけ動くかは、限界利益率の高低がカギになるのです」
クログチ「しかも数を増やせば増やすほど外注配送費も増える。コストが変動するって、こういう意味なのね」
(あれ……今までの“経理の数字”って、現場の判断には全然役立ってなかったのかも?と、クログチはわずかに目を伏せた)
クロタネは、シートをじっと見つめたあと、小さくうなずいた。
クロタネ「……あのさ、今まで“どれだけ売れるか”ばかり見てたけど、“いくらで・何個売って・どこまで利益が出るか”って視点、完全に抜けてたな」
ルーシー「営業が戦える数字は“売上”だけじゃありません。“利益構造”に立脚すれば、もっと説得力のある戦略が立てられますよ」
クロタネは深く息を吸って、背筋を伸ばした。
クロタネ「よし、数字で勝てる営業になるか」
クログチ「やっと話が通じるようになってきたじゃないの」
ルーシーはくちばしの端を上げ、静かに微笑んだ。
「バリュードライバーツリーで行動を分解する」数字を生む“営業の行動”を可視化する——次回、クロタネの変化がさらに加速する!
CVP分析(損益分岐分析)は、売上・コスト・利益の関係を整理する基本的なフレームです。営業戦略を利益視点で考えるには、「どれだけ売れば黒字か」「値引きはどれだけ利益に影響するか」など、行動と利益の因果を見極める力が必要です。特に製造部門を持つ企業では、固定費と変動費の見極めが分析の出発点になります。尚、実務上は目安として売上高と相関係数が0.7以上の場合を変動費とすることが多いです。また、この計算はExcelのCORREL関数を使うことで簡単に可能です。
権守一城
中小企業診断士:経済産業大臣登録番号427888
中小企業の現場出身の中小企業診断士。
事業・経営・ITの3本足を持つヤタガラス人材チームを中小企業で創る支援を大切にしています。